セミ、一人暮らしの家の前で休まないでください

私はひとりで暮らすことに大いなる価値を見出している。お友達と集まってわいわい話すのも、旅行に行くのも大好きだけど、暮らすとなれば話は別。他人と生活を共にするということは、責任も他人と折半にするということで、ほんのすこしでも自分以外の誰かのために生きなくてはならないということが、精神が未熟な私にはたいへんに難しいことに感じてしまうのだった。

実家で暮らす両親や弟はとても心優しく善良な人々で、ひねくれた私のことも受け入れて愛してくれた。私も同様に大好きな家族だが、暮らすとなれば話は別。ある程度のルールに則り、流れに沿って暮らさなくてはならないことが、本当にただそれだけのことがあまりにも苦痛で、わざわざいつまでいてもいいと言われている実家から一駅しか離れてない場所に一人暮らしをすると言う、ある種での豪遊をしている。

一人サイコー。自分の身にきっかり一人分だけの責任つもる生活、気楽ですばらしい。そう思っていました。家のドアの横にかけてある雨傘でセミが羽を休める夜が訪れるまでは。


17日の夜、私はここ最近どハマりしている、”日高屋でくたびれたオジサン達に馴染みながらバクダン炒め定食とハイボールで一杯やる”をして、「ひより、いま日高屋に入って行かなかった⁉️」という職場の先輩からのラインにほんの少し恥じらいを感じつつ帰路についた。

私の自宅は神物件の小さなマンションでどうぶつの森の村か❓ってくらい生活に必要なお店が徒歩圏内にぎゅうぎゅうにあつまっている。

いつものように帰宅して、玄関ドアとエントランスを隔てるガラス戸に手をかけたその瞬間、

※以下モザイクかけてますが虫の画像あり







脳内で鳴り響く爆音のエマージェンシーコール。

一人暮らしなのに虫が苦手なのって、乳首が弱いのに自らチクバン貼って攻めの前に躍り出る受けくらいダメ。理解らせ要素しかない。

一介のセミに理解らせられた私はまんまと退散。どうして自分の体積の何百分何千分の一しかないであろう小さな生き物に、ここまで畏怖を覚えるものか。毒やトゲがあるわけでもないのに。自分の体に起きるこの反応が、25年間ずっと不思議でしかたなかった。

しかし「無理」という認識は目先の努力で覆せるようなものではない時間をあければ立ち去ってくれるだろうか。私の部屋は、ほかの住民がマンションを出入りする際かならず通り道になる。入り口に一番近い部屋だから。私より先に帰宅した誰かがヤツを刺激し、そのままヤツが逃げ去ってくれると言うシナリオに期待しでも良いのではないか。

そう考えながらひとまず近所のネカフェに入り、おっさんの爆音くしゃみをBGMに自カプのえっちなSSを書いた。自カプのえっちな妄想は、私の意識をセミという現実から逃してくれる。私はPCのタイピングを職場の先輩(PC担当)から「早すぎてキモい」と言われて傷ついてしまうほどタイプががむだに早いオタクなのにもかかわらず、家に使えるパソコンがないため

(使えないパソコンなら家にある。Windowsの起動音一覧のYouTubeを見ながら家で飲んでいたらWindows XPの起動音があまりにも愛おしくなり、酔った勢いで起動だけはなんとかできる5000円のジャンクPCをメルカリで買ってしまったことがあるので)

その実力を遺憾なく発揮できる場所は近場ではここだけなのだ。ここでだけは私は優勝ができる。タイピングが引くほど速くなった理由は夢小説を8億作書いていたこととアメーバピグで喧嘩部屋蠱毒の主催をしていたからなのですがこの話はまた別の機会にしましょう。

途中で眠くなって仮眠などはさんでいたら深夜2時をゆうにまわり、えっちSSができたのでぷらいべったーにアップして、セミ野郎もそろそろつがいのセミの寝床に夜這いをしかけて立ち去っているのではないかと思い始めた。 


そろそろとカニ歩きをしながらふたたび家の前にたどり着くと、セミ、まだいる。そうだよね。こんな暗くて気温も下がる時間に活動的になるわけがない。お休みになられているのだ。宿代払え

手に持っていた折り畳み傘でつついて追い払おうかな、と考えたけれど、折りたたみ傘は広げなければリーチが伸びない。ガラス戸で防御しながらの応戦はむずかしい。ヘタに刺激してこちらに飛んでこられては目も当てられない。

私は10分ほど家の前にぼーぜんと立つ不審者になった。セコム呼ばないで。

そして、ひとまずコンビニに、何か武器になるようなものを調達しに行こうと考えた。近場のセブンに入り、店内を三周し、奥に引っ込んでいた店員がいつ私がレジに来るかといらつきながら様子をうかがいはじめたころ、「度数高めの缶チューハイ」「ビニール傘」をレジに突き出した。

もちろん外は雨なんか降ってない。仕事帰りとおぼしき疲れた顔の女が、晴れた夜にビニ傘と缶チューハイという奇異の組み合わせを買っていく様はさぞ怖かったことであろう。コンビニ店員が夢野幻太郎なら私とセミの確執物語をその観察眼で見抜いていたかもしれない。夢野がコンビニ店員だったら、肉まんを頼まれたのにピザまんを差し出してきそうでかなり嫌だな

追い詰められた私のシナプスが導き出した攻略法は、缶チューハイをイッキして頭を酔わせ、そのすきにリーチの長いビニ傘でセミを撃破することだった。店員さんは雨の降っていない店の外を一瞥し、すぐお使いになりますかと聞いた。おねがいしますと反射で答えたら、外側のビニールをはがされた。セミ液を浴びる可能性があるならつけておいてもらえばよかったか。

私は帰りすがらに缶チューハイのプルタブを倒し、酒の神に祈った。おおバッカスよ。我に蛮勇を与え給へ。

まっすぐ帰るとチューハイを飲み切る前に家に着いてしまいそうだったので、遠回りをして最寄駅を通って帰宅した。最寄駅には、どう森の浜辺に打ち上げられてる水兵のカモメ?の遭遇率と同じくらいの確率で酔いつぶれた人が落ちてる。ふと、目が合ってしまった。タク代をおごるから、私の家にいるセミを追い払ってくださいと、つい喉まで出かかった。マジで頼もうかと思ったけど、さすがにあぶなすぎるのでやめた。バッカスは早くも私を勇者に仕立てあげていた。

ふたたびカニ歩きで家の前に着いてから、ヒプアニのREDZONEをノイキャンの爆音で再生する。”Yo,fxxc of 消えなここから 弱者につけこむ姑息なやつ俺様のまわりでチョコマカと うぜんだよここがヨコハマ” って左馬刻がドスの効いたビートで私を励ましてくれる。私と一緒になって、アブラゼミ野郎にバチギレてくれてる。なんて心強いんだろう。そっとガラス戸をあけて、傘を差し込もうとする。セミのディティールに目を向ける。触れたらぼろぼろに崩れ落ちそうなもろい羽根、影と一体化しそうにこげついた体、左右対称に伸びて私のFrancfrancの傘にしがみつく節足。

やっぱ無理。

私はハマの危険なトリガーの低音ビートにあわせて、ガラス戸の中に身体を滑りこませた。

争いの道はそこで断たれた。私たちに必要なこと、それは和睦だ。闘っても勝てないとわかれば、共生の道をさぐりましょう。

ゆっくりと、まるで絶体絶命のトリッシュノトーリアスBIGのそばを通るときのようにスローに玄関の鍵をあけた。私にもスパイスガールが発現したら一味違うやわらかい傘でセミをボヨヨンと弾き飛ばしていたのに。余談ですがジョジョ5部で私が好きなキャラはナランチャとミスタです。分かる人には分かると思いますが、分かり易すぎるかもしれません。

セミは私に敵意なぞまるで抱いていないかのように微動だにせず、私の傘で羽を休めているだけ。家の中に入ることができた私は、思わず床にへたりこみ、勝利の余韻を味わっていた。明日も早番の仕事、時刻は3時半をまわっており、払った犠牲はあまりにも大きなものだった。

結局私が闘っていたのは、セミではなかった。己が選んだ「一人」ということに対しての、「一人でいる責任」に立ち向かうハメになった。

一人を選ぶのなら、一人を選ぶだけの強さを身につけていなければならない。これは目先の自由だけを享受して、甘い蜜をすすろうとした私への、天罰だったのかもしれません。


それはそうとしてセミまだいるからほんと勘弁して。誰か追い払ってくれマジきもい無理ほんと

虫耐性つける方法なにかあればおしえてください